どん底からのぼれろ

私はサイコパスか?

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懐かしいなあ、加トちゃんケンちゃんごきげんテレビの人気コーナー「探偵物語」。小学生だった私にとって、カトケンは毎週土曜日の楽しみの1つだった。土曜ゴールデンは、まんが日本昔話→巨泉のクイズダービー→カトケンの流れだったかな。

カトケンの人気は、当時の小学生の間では絶大だった。中でも人気コーナーの「探偵物語」はゲーム化もされて、私も含めてリアルタイムで遊んだ小学生は多かったはずだ。

ファミリー層向けのコント番組でありながら、主題歌は志村けんの親友・柳ジョージがすべて担当しており、どの曲も激シブの大人の内容だった。でも、小さな頃から大人のブルーズに触れることが出来たお陰で、学生時代、新旧関係なく様々な洋邦楽に関心を持つことが出来たのかもしれない。

とはいえ、小中高の学生にジョーちゃんの曲の歌詞など理解できるはずがない。学生時代にアルバムを何枚か買っているが、和製クラプトンたる渋くて泥臭くて格好良いサウンドに惹かれて聴いていただけで、歌詞はそれほど響く印象ではなかった。

若くて、これから未来に向けて羽ばたこうとしている人ではなく、人生に疲れ切って終わりが見えそうなほど絶望に追い込まれている人間が聴いてこそ、ジョーちゃんの曲は心に沁みるものなんだ。

探偵物語2代目主題歌だった、この「STAY ボトルネックが泣いている」も、そんな曲の1つだ。

♪滑りだしたタイヤきしませ
飛び去る都会 カーブを切れば
ボトルネック切なく叫び
泣いているぜ ふたりの中で

全てを飲み込む 時の流れ
どこへ連れて行くんだ
疲れた胸を

弱さに負けて失くしてゆく 大事な物
間違っているぜ
これ以上 傷つけあうのは

Stay with me babe
Don't go away
あの頃に戻るんだ

Stay with me babe
もう一度
苦しみを抱きしめたい

Stay with me babe
Don't go away
今ならば間に合うさ

Stay with me babe
もう一度
哀しみを預けてくれ...


・・・聴きながら琥珀の海に溺れたくなる。今日も知人から連絡を貰ったんだけど、駄目だ、会話が嚙み合わなくなっている。以前からそういう部分はあったけど、揺らぎない信頼関係がそれをカバーしていた。今はもう、私には信頼も何もない。

知人は、心の中に渦巻く私への不信を必死に抑えて修復しようとしてくれている。しかし、私が頓珍漢でぶち壊してしまう。私も最善の言葉を選ぼうと必死に考えているが、見事なまでに全てが空回ってしまう。

まあ、ゲームに例えりゃ「デスクリムゾン」だよなあ。作っている側は一生懸命だけど、その情熱が見事に空回りして、思い切り勘違いしたまま突っ走って狂気の作品に仕上がってしまった、みたいな。

サタマガ読者レースでは、クソの帝王、デス様などボロクソにネタにされていたけど、私は発売当時に購入して割と楽しめたのは、情熱の空回りと勘違いしまくりという似た者同士の空気を感じ取っていたからなのか?(-_-)


とにかく、この2週間少々の間に私の人生は激変してしまった。6月終わりまでは目標をもって燃えていた。貯蓄も1000マソ近くあったし、知人との信頼関係も、全自動賽の河原マンと言いながらもしっかり構築されていた。しかし、一瞬で全てを失った。

いつの世も、口が達者な人間は人心を得やすく窮地を乗り越えやすい。西野、ひろゆき、オリラジ中田・・・腹の底では何を考えているのか分からないような人でも、口が達者なら多くの人からの信頼・信用を得ることが出来る。それを私たちはリアルタイムで見ている。

私はアスペで会話もとことん苦手だ。言いたいこと、思っていることもなかなか伝えられないし、相手の意を汲み取ることも非常に苦手である。だから人からの信用なども得られないし、孤独だし友達もいない。思い返せば、人との接触を避けて心を閉ざしヒキったのは、自分の気持ちや考えが伝わらず、孤立したり時には口撃されて、それで傷ついて投げ出してしまったからだ。

知人との件は、100%私が悪いのだと思う。先ほども書いたように、知人は私へのネガティブな感情を何とかして抑えようとしてくれている。それを毎度、私が潰す。知人は、自分は病気だと自身を責めるがそれは違う。病気は私だ。一連のやり取りで何となくわかった。私はおかしいんだよ。

こんなクソブログにアクセスがやけに多いと思ったら、先日書いた小山田に関する記事がアクセスを増やす要因になっていたようだ。でも、私はよくあんなことを書けたよな。サイコパス気質よりも酷いものがある。というか、いっそサイコパスに生まれたかったよ。人を傷つけても苦しまないんだから。

昔から私は感情が出せなくて、父に「お前は冷たい奴だ」とか、先生に怒られている時に「お前反省しているのか!?なんだその反抗的な目は」みたいに言われたことがある。そういうのが何度かある。反抗的どころか、内心はバクバクしておったのですがね。顔つきはいつも冷たく無表情、よく言えばクールと言われていた。

でも、そうやって言われ続けるのは本当に傷つくものなんだよ。サイコ野郎みたいに「あークソうっせえ」とあっけらかんとしていられたらいいが、残念ながら私はサイコ野郎ではなかった。伝わらない・伝えられないことで傷つき苦しみは蓄積していく。


知人は、そんな感情が全く出せない病気でおかしい私に4年間もよく辛抱強く付き合ってくれたと思う。頻繁に怒られたりもしたけど、そこには私を理解しようとしてくれる優しさや思いやりがたくさん含まれていた。だから怒られても嬉しかった。この人の為に一生を捧げたいと思った。誰よりも何よりも大切な人という思いに嘘偽りはなく、知人の存在があるから私は目標を持ち燃えていた。

今日、家族のほうが大切なのだろう、と責められたけど、私の親兄弟などよりも知人とご両親の存在が私には遥かに大きい。去年、ご両親が入院された時は、私も心底不安になった。同じく昨年、私の母が脳梗塞で長期入院した時、恐ろしいことに私の内心は驚くほど冷静だった。やっぱりサイコかも?

そういえば、前に話した古い友達からも5月終わり頃に連絡が来ていて、でも放置していたんだよね。そうしたら、連絡もらえないですか?って先月にまた来ていた。でも、結局は放置してしまった。ぶっちゃけ知人のことしか頭になくて、私にとって他の存在は邪魔だった為に放置という・・・やっぱりサイコ気質やぁ🤣

まぁ、薄っぺらい仲を広げていくより、たったひとりでも心から信頼できる存在がいることのほうが私には大切だよ。それに、複数の人間と連絡を取り合うとか、アスペキチの私にはそんな器用な真似は無理だわ。

例えばブログだってそうだよ。別のブログなりツイ垢(裏垢)を作って、そっちで「今日ボロクソ怒られたあぁああ!」とか友達や恋人の悪口や愚痴を投稿して、フォロワーに慰めてもらっている人とか結構いますやん。あれも私には出来ねえ。

知人に知られている、もう1つのブログすらコメントまでついているのに放置しているくらいだ。私は1つだけに絞って、馬鹿正直にそこで投稿するしか出来ない。不器用ってのは損だよ。でも、だからこそ愚直なまでに知人の存在が私には全てだった。

 

・・・さておき、つまりですよ、私が言いたかったこと、伝えたかったことは全く違うんだよ・・・でも、もう何を言っても言い訳みたいになるからね。知人は完全にカサンドラ症候群だよ。原因は主に私だ。私はおかしい。知人の心を破壊した。いや、きっと過去、私と関わりを持った人たちの心も破壊してきたのだろう。

金は頑張って働けばいくらでもまた手に入る。信頼・信用・積み上げた関係。これはもう手に入るものではない。知人は病気ではない、病気は私なのだ。私は人と関わってはいけない人間なのだろう。孤独に生きていかなくてはいけない人間なのだろう。それなのに孤独に弱いときている。

なんだか生きることに疲れたよ、心に鉛が乗っかっているみたいに動けなくなる。泣き言を言うのは駄目かもしれない。でも、泣き言を言わないと潰れてしまうよ。私はサイコパス気質で病気のキチガイだからね、他人を傷つけても心はそれほど痛まないのかもしれない。でも、知人を傷つけることはしたくないんだよ。それなのに自動的に傷つけているとか、マジでもう嫌なんだよ。

もうグルテンフリーやらなにやら健康に気を遣うこともやめる。またコンビニ飯やカップ麺でいい。どの道、食欲もないし長生きもしたくない。仮に金持ちだったとしても孤独な人生を続けていくのは私には無理だ。まあつまり、生まれた時点で詰んでいたのだ。苦しむ為に生まれてくるだなんて、生んでくれた親には恨みしかないね。


♪昇る月と 沈む心
輝き出す 街の灯り
帰らない時の重さを 俺は見ていた


ジョーちゃんの曲はマジで泣きたくなる。帰らない時の重さを私も見ている。時を戻せるものなら戻したい。でも、結局は同じことの繰り返しなのかもしれないけど。私は病気でおかしい。思いを伝えることも汲み取ることもできず、永遠に周囲を傷つけ不幸にする、悲しき孤独のアスペルガーの人生、か・・・。

知人には、ひたすら申し訳ない気持ちしかない。私の何倍も傷つき苦しい思いをしている。結局、迷惑をかけ続けただけだった。

明日は朝からポンバシに行って、西成も回って、ゲーム仲間がいた頃にうろついていたルートを久しぶりに歩いてこよう。誰かゲーマーな人、一緒に回ってくれよ笑。ゲームの話をしながらだらだらとポンバシ巡りをした頃が懐かしい・・・マックやラーメン屋で昼を食べて、夜は居酒屋やファミレスで、買ったゲームを開封しながらゲーム談義をしていた頃が懐かしい・・・つらい・・・きえたい。