どん底からのぼれろ

人はどこからやってきて、どこへ還ってゆくのだろう・・・

f:id:bootlegbootleg:20210909221811j:plain

押井守が中心となって企画・制作された「サンサーラ・ナーガ」は、桜玉吉による可愛らしい絵柄とは裏腹に、非常にシリアスで難解なストーリーであり、当時の小中学生らにはそれほど評判が良くなかった、と思う。

私が中学1年生になる直前の1990年3月・・・13歳と3ヵ月の時にファミコンで1作目が発売されたが、世の子供たちは皆、その1ヵ月前に発売されたばかりの「ドラゴンクエスト4」を購入して遊んでいた。皆が買い求めたので品薄になり、近所のゲームショップでは買取価格7000円くらいだったと記憶している・・・。

私は、典型的なJ-RPGであるドラクエがどうにも好きになれない人間だったので、全く注目されていなかった「サンサーラ・ナーガ」を買った。バランスが悪く難易度も極悪で、正直ク〇ゲーに近い出来だと思うが、竜を育てながら一緒に旅をするという内容は好きだった。ただ、クリアはしたもののガキにはストーリーが理解できなかった。


それから4年後の1994年。「サンサーラ・ナーガ2」がスーパーファミコンで発売された。私は発売直後にもちろん購入した。ついでにアンケハガキを送った中から1000名に当たる「3皿(サンサーラ)セット」も当たった笑。

今作もバランスは悪いが、グラフィック、BGMが大幅にグレードアップされ遊びやすくなっている。中でも、前作では良さが伝わらなかった川井憲次氏の楽曲が素晴らしかった。美しくも儚さを感じさせる曲の数々は、ゲーム全体を覆うどこか重苦しくて物悲しい雰囲気とよく合っている。サントラCDも当然ながら購入した。

そして今作もストーリーが難解で、おっさんになった今でもどう解釈すべきか悩むほどである。主人公と竜は、今では裏切り者となった───かつて仲間だったひとりの少女と竜を追い続けて旅をするのだが、少女と竜が原因で最後には世界が崩壊し、主人公も竜も世界も全てがなくなり無となってしまう。

そして、ゲームのスタート地点へと場面が移る。主人公は竜に、竜は主人公の姿となって、新たな世界で新たな生命に転生していた、という所でエンディング。そう、このゲームのテーマ「サンサーラ」とは、サンスクリット語の輪廻転生、生き続ける、という意味なのだ。

そしてエンディングのあと、真っ黒の画面(無)となりアップした曲が延々と流れる。これまで旅を続けてきたセーブデータも同時に消えて無となる。これらは輪廻転生を表している。なんと素晴らしいストーリーと演出だろう。勇者が魔王を倒し、お姫様を救い出し、世界は救われました、ハッピーエンド!そんな陳腐な王道よりも遥かに素晴らしいではないか・・・。

 

何故、あらゆる生命がこの世に生まれてくるのだろう。それらはどこからやってきて、どこへ還ってゆくのだろう。

日本ではオカルト扱いの輪廻転生だが、海外では輪廻が宗教的に信じられている国以外でも真剣に研究されていたりする。また、欧米人のほうがヒンドゥーや仏教などに関心を持つ人が多いように感じられる。

研究者による調査によると、前世の記憶を持つ人は確かに一定数存在しているという。特に子供ほど、前世の物と思われる記憶(行ったこともない筈の場所のことを知っているなど)を持つ確率が上がるのだそうだ。これは現世での人生がまだ少ない分、前世の記憶に上書きされていないからかもしれない。

人は本来、何かを感じる力を持っていると言われている。何かを感じるのは、記憶の中に蓄積された情報と結びつくためである。その情報は果たして、全てが現世で経験して蓄積したものだと言い切れるであろうか。自分で気付かないだけで、前世で蓄積してきた情報の可能性ということも十分に考えられるはずだ。

また、輪廻とよく関連付けられるのはデジャヴだったり第六感である。中でも第六感は、世界中の国々で輪廻が信じられていた時代、人類に普通に備わっていたとされる(輪廻が信じられていたのは信仰的な理由もあるだろうが)。

輪廻によって前世の記憶と情報を有していると信じられていたからこそ、デジャヴや第六感を感じることができた、と当時の人たちは考えていたと言えるのではないだろうか。

多くの人が第六感を失ったノイズまみれの現代でも、第六感を持つ人たちがいるのは事実だ。第六感を持つ人たちは、私たち一般人には見えないものを見たり、聞いたり、なにかを感じたりしている。でも、そのことを表立って口にする人は少ないだろう。何故ならオカルト扱いで笑われて傷付くからだ。

ちなみに、大切な人も割と強力な第六感の持ち主である。人に見えないものを見たり聞いたりもするし、人の嘘や状況などを見抜く力も持っている。やはり、なにかを感じるらしい。本当にこれは不思議で、尽く嘘を見抜かれてしまうのだ。嘘ついたら即バレるから大変なんだぞ、時には嘘も役立つとかそんなどころじゃねえんだよおお😭😭


人はどこからやってきて、どこへ還ってゆくのだろう・・・家族だった者たちもいずれはどこかへ還り、全く違うところでそれぞれが生まれ変わり、全く違う人生を歩み続けるのだろうか。いつかまた、偶然にしてどこかで出会った時に、前世で家族だったことを、ふと思い出すのだろうか。

会ったこともないはずなのに、何故か知っているような気持ちになったり、懐かしさに包まれることがある。そんな経験をする人もいるという。もしかしたら前世で親友や恋人だったり、家族だったのかもしれない。そう考えるのは変だろうか?輪廻を研究している専門家によると、「本当の家族(前世の家族)に会いたい」と訴える子供たちもいたという。

人生は果てなき旅路である。流れ流れて、また巡り合うこともあるかもしれない。もちろん、輪廻、転生、そんなものはないかもしれない。でも、ないと言い切ることは出来ない。

この世には科学で説明できないことが多々ある。それを否定するのではなく科学の力で解明するのが自分たちの使命だ、とアメリカの科学者は言った。輪廻が科学的に解明されるときはくるのだろうか・・・。そして私はどこから来て、どこへ還ってゆくのだろう。