どん底からのぼれろ

物を収集することに人生を捧げてしまったコレクターたちの末路

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以前にも似たようなことを書いたかもしれない。その時とは別の同世代独身ゲームコレクターのサイトを見つけて目を通していた。開設から既に10年以上が過ぎているそのサイトの管理者は、初期の頃には自慢のゲームやアニメのコレクションを楽しく紹介するなどしていたようだ。文面から、満たされた様子が伝わってくる。

だが、40歳に突入した辺りから様子が変わってくる。スーパーの弁当が夕食であることを自虐ネタに使ったり、病院に行った際に家族連れを見て落ち込んだ様子を書き綴るなどし始めている。孤独死というワードが出てくるのもこの辺りだ。

そして、初期の頃には嬉々とした様子で書いていたゲームやアニメのネタが減り、自分が死んだ時のコレクションについて心配する記事や、趣味一辺倒で生きてきた人生を振り返り、明らかに後悔している様子の記事を投稿する割合が多くなってきている。次第に投稿自体が減り、今はどっかに移転したみたいだがわざわざ読んでいないので知らん。

ちなみに、上のSPA!の記事にはこうある。

「『健康は精神の安定から』などといった自戒メモが大量に残されていることも、中壮年男性の孤独死現場にはよくあります。また、アニメのDVDやフィギュアなどの収集品が大量に残されていることが多いのも特徴。アウトドアな人よりは、インドアな人が孤独死に陥りやすい」

・・・まぁ、SPA!は過去にガセ記事を書いたことがバレてツイッターで晒されるなどしているので、これもガセかもしれない。だが、40代独身男性の孤独死が増えていることは事実だろう。特に、オタ趣味の人ほどその傾向が強い気がする。


古い記事ではあるけど、これを読んだ時、ヘタをしたら私もこんな人生になっていたかもしれないと思った。かつての私はコレクターではないけども、自分の欲望の赴くままにゲームやCDを買い集めていた。普通、趣味への投資は最も遠回しにすべきことだ。それが大人だと思う。そうやって自戒して真面目に生きてきた人たちは、それなりの幸せな暮らしを手に入れている。

コレクター、特にオタク趣味系の人たちは、その辺の思考回路がぶっ壊れている。もちろん、金が有り余っていたり、既に一定の幸せを手にした人が趣味に投資していくことは何も問題がない。最近では、既婚中年のコレクターが自慢のコレクションをSNSで披露していることが多い。これは、実に豊かな人生を送っていると感じる。

一方、独身中年コレクターが凄まじい量のコレクションを披露しているツイートや動画を見ると、実に悲壮感が漂っているように感じる。実際に見た一例だと、確かに高額なプレミアゲームに囲まれているが、その隣にカップ麺がケースごと大量に置かれていたり、部屋が完全な独身男性の「それ」であったりする。

趣味を満喫する為には、自分の人生をまず豊かにする必要がある。豊かの基準が何かは人にもよるだろうが、趣味を人生の最優先事項にして生きてきた人たちの多くからは、少なくとも人生の豊かさや満たされたものを感じない。そこに漂うのは悲壮感や狂気だ。物を収集することに憑りつかれた中年男性たちの悲しき姿が、そこに現れているのだ。

一歩間違えば、私もその人たちと同類と化している可能性があった。いや、なりかけていたのだ。恋愛を経験してきたが、恐らく当時の私は恋よりも物の収集が最優先事項であった。恋愛を経験していようがいまいが、病的な収集癖がある者たちの人生は同じだ。私はその道に足を踏み入れかけていた。

だが、私は一足早く人生そのものから脱落した。物に囲まれた生活に次第に虚しさを感じるようになったのだ。社会に適応できないなど、他の幾つかの理由も重なった上ではあるが、自分の人生を振り返った時に、強い後悔の念が押し寄せてきたことは覚えている。私を囲んでくれる過剰な数のCDやゲームが、私の暮らしを、心を、豊かにして満たしてくれただろうか。


私は、人生を諦めて死を意識するようになった。自慢のコレクションを披露するサイトを閉じて、次に始めたのは終活ブログである。本気で人生を早く終えたかったのである。CDやゲームはそんな私を何も助けてくれない。

私に救いの手を差し伸べてくれたのは、ひとりの女性・・・ここのブログで言う「大切な人」であった。惨めなおっさんのブログを読んで、心配してくれるコメントを書き込んでくれたのだ。人との交流が完全に途絶え、CDやゲームと同じく血の通っていない「モノ」と同化していた私にとって、彼女の書き込みからは、モニター越しでも人間の温かさが伝わってきた。久しぶりに何かを感じた瞬間だった。

そんな奇跡の出会いを果たしたのが4年前。紆余曲折はあったが、今も仲良くしてくれる彼女と、私を影から応援して下さるお母さまは、私にとって自分の親兄弟や自分の命よりも、尊い、かけがえのない存在だ。この尊い存在がいるから、人は困難や理不尽に立ち向かい、人生という厳しいリアルゲームを生き抜く力が出てくるのだ。この歳で、恥ずかしながらそれをやっと知ることが出来た。真剣な恋というやつだ。

 

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今の私にとって、かつて集めてきた物はもはや過去の遺物である。自分の健康管理や食、仮想通貨への投資費用の元でしかない。レトロゲームが高騰化してくれているお陰で、これらをフリマアプリなどで少しずつ売り捌き、その金で健康に気を遣い、質の良い食べ物を食べ、投資も再び順調に行き始めている。

私が遅れ馳せながらまともな人生を歩むために、人生を狂わせてきた元凶の1つであるコレクションを売り捌くということは、言い換えると別のコレクターに渡り、新たな狂人を生み出すことに繋がっていると考えることも出来る。まるで呪いのアイテムの如く。

『健康は精神の安定から』は間違っていない。だが、正しくは『精神の安定は食事から』である。自身の全てを犠牲にし、コレクション収集を最優先事項にして生きてきた男たちの食生活は悲惨だ。彼らの大半は、食を、健康を心配してくれる存在などいない。そして彼らの末路は上の記事にあるように、心身共に病的な「孤独死」が現実なのだ。

大切な人とお母さまには、心からありがとう🤗

 

先週、駿〇屋に査定に出したゲームが売れたら、美味しい果物とか贈ろうかなっ。BTCもいい調子やし🤑